つくさんぽ 2019年 その1

まあ、今年に入っても相変わらず散歩を続けている

今回は1月15日・・・って言えば、かっての成人の日なんだが

ちょっと距離を伸ばした散歩をしてきた







自宅から牛久沼に流れ込む稲荷川の河口・・・・

ここに三日月橋と言うのがあって

取りあえずそこまで行ってみた・・・ただし、ここまでは5km弱である






歩いていて気が付いたのは

道端にいろいろなものがあるということだ





最初は・・・・・

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この「庚申塔(塚)」である。

新旧二つあったのだが

右側の塚の横を見て「おお!」ってなった

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寛政12年庚申(かのえさる)となっている

自宅に帰ってから調べたら 寛政12年は1800年丁度である

ここに祀られてから実に220年近くが経過したわけだ





そしてまたしばらく歩いていくと細い林の中の細い土道の左手にこんもりとした高い場所がある

そこに祠が祀られていた

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周りを調べたのだが祀られた年代はわからなかった

ただ、見た感じではそんなに古い時代のものではないような感じだった

ただ、この祠の前にある2本の木の根が完全に一体化しているのには驚いてしまった









更に1kmほど行ったところに神社の鳥居が目についた

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この鳥居をくぐって石段を上り詰めると

「白川稲荷神社」があった

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で、更に中を見るともうひとつ祠が見える

そこで、左側にあった入り口から入ってみた

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う~ん、多分、これが最初に祀られたものだろうなぁ

という感じであった


風雪にさらされて朽ちるのを避けるため

これを守るための祠を作ったのであろうと思われる

つくば市の神社によくみられる形である

事後にネットでこの神社の由来を探したのだが見つけることができなかった












そしてこの祠の周りに何体かの野の仏が座していた

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白川稲荷に奉納されたものであろうが

これは「延宝6年」とある

1678年と言うことだから350年前のものと言うことになる

この祠がその時代からあったのか、それとも、この仏が先なのかはわからない


そしてもう1体

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これは文政4年(1821年)の地蔵菩薩堂であった









そしてさらにそこから6km近く歩いたところに「厳島神社」がある

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ここの創建は弘仁3年とあるので813年と言うことになる

宝剣がご神体と言うことらしいのだが

それは「天宝剣(あまのほうけん)」であるとされている

この地域は昔から「天宝喜(あまぼうき)」という地名で呼ばれているのだが

この厳島神社の由来から来た名前なのだろうか?






などと歴史に全く詳しくない自分であってもちょっと楽しめた散歩であった


※歩行距離 10.5km





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